担当者名:認定神戸ミャンマー皆好会
2017年07月25日
農業支援事業「梅農園」その5
梅植樹祭で(株)共進舎牧農園会長中尾作蔵氏の挨拶

 梅植樹祭をするにあたり、(株)共進舎牧農園会長中尾作蔵氏より今回の旅行参加者や農民のみなさんに挨拶がありました。今回の梅の品種は二青梅。台湾で栽培されている梅で常夏の環境でもよく育ち、種は小さく肉質は柔らかく、梅干しにも梅酒にも適応できる梅です。

 ミャンマーでは初めての梅栽培で成功すれば、梅商品の競争品がない。梅は薬にもなる。ミャンマーには無医村、無看護師の村が多く、農民の生活向上・健康にも役立つと思うのでみなさんの協力で成功させたいと思います。このような趣旨の挨拶がありました。

 地元代表の挨拶の後、苗木の植樹する方法の指導があり、地元農民たちと私たちの手で150本の苗木を心こめて植樹をしました。
副理事長 林 英雄

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2017年07月18日
農業支援事業「梅農園」その4
農民たちが打楽器や獅子舞で私たちを歓迎してくれる
 
 梅農園の場所はピンウールィン郊外の丘陵地にあります。19世紀後半に当時ビルマはイギリスの植民地となり、多数のイギリス人たちがやってきた。彼らが参ったのは暑さ。どこか過ごしやすい場所はないかと探し回って発見したのがピンウールィン(メイミョー)。
「メイ」はイギリス人の役人の名前、「ミョー」はビルマ語で「町」。「メイの町」という意味。他の町と比べるとまるで天国のように涼しい。めずらしく散歩が楽しめる町と言えるだろう。さまざまな植物が植えられている。花々が咲き乱れる様はとても美しい。

 昼と夜の寒暖の差があり、梅の栽培には大変適しています。農園に着きますと村の農民たちが打楽器や獅子舞で私たちの歓迎をしてくれました。農民たちはミャンマーで初めての梅栽培をするということで事前の下準備もしており、梅なる新しい農産物の期待と物珍しさで見ておりました。
副理事長 林 英雄

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2017年07月11日
農業支援事業「梅農園」その3
ミャンマー初の梅栽培で農民も初体験の下準備です(植栽位置に白いポールを打つ)

 (株)共進舎牧農園会長中尾作蔵さんは太平洋戦争中ビルマに従軍。日本陸軍史で最も無謀で悲惨なインパール作戦を体験。地獄の敗走と言われる退却時に幾度もの生死の境を現地の人々に助けられ帰国できた体験から、恩返しの気持ちで戦没者の慰霊や酪農、農村部での生活向上の支援活動をされており、それらを知る人たちから「ミャンマーへ連れて行って」との要望で計画された旅でした。

 2001年12月4日(火)〜12月10日(月)まで・4大都市をめぐる7日間のミャンマーツアーでした。この旅行中に梅の植栽も大きな目的の一つでした。場所はピンウールイン郊外の丘陵地です。150本の二青梅の挿し木苗を持ち込み参加者が1人1〜2本ずつ植える予定です。

 ミャンマーで初の梅の栽培をするということで、予定地の農民は受け入れ準備も初めてのことばかりです。5m間隔で植栽の位置を決め白いポールを打ちます。そこには直径30cm深さ30cmの穴を掘り牛糞の施肥をしてあります。私たちの訪問を待っていました。
副理事長 林 英雄

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2017年07月04日
農業支援事業「梅農園」その2
梅栽培地はピンウールィン。品種は二青梅に決まる(2001・12国立カンドーヂー植物園にて中尾氏と林です)

 2000年(平成12年)10月に再度、中尾作蔵氏(株)共進舎牧農園 代表取締役会長から連絡があり、何とかミャンマーへ行ってほしいとの懇願があり内川弘氏は承諾され、12月4日〜10日の日程で梅の調査に出発。

 マンダレーの約70凖譴砲△蝓海抜1,100mほどにある高原の町・避暑地ピンウールィン(メイミョー)を梅栽培の候補地として調査する。現地の人に紹介された梅の栽培地4か所を視察。木はほとんど放任状態で梅も日本の品種とは全く違う品種(プラム系)で参考にならず。

 取り組む問題として気象条件に合う梅酒・梅干に適した品種の選定。土壌分析をして、苗木育成の施肥設計が重要な問題となる。帰国後和歌山県立南部高校の教諭で生産技術科の谷口充先生に、ミャンマーで梅栽培をするのを前提に協力とご指導をお願いしました。
 
 2001年(平成13年)梅苗の選定に注力していただき、二青梅(梅の品種)に決まる。台湾で栽培されている梅で常夏の環境でもよく育ち、種は小さく肉質は柔らかく、梅干しにも梅酒にも適応できる梅です。幸いに二青梅は南部高校の圃場に1本植えられていました。穂木から150本を挿し木専用施設内で挿し木苗まで育て支援していただきました。

 この経緯はごく一部の人しか知られていませんが、中尾作蔵氏の強い思いがなければ梅栽培は生まれていません。写真は2001・12当会結成のきっかけになったミャンマー旅行でピンウールィン国立カンドーヂー植物園で、お元気な中尾作蔵氏(82歳)と私です。
副理事長 林 英雄

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2017年06月27日
農業支援事業「梅農園」その1
和歌山の梅栽培・梅干の生産業者を訪ねる(写真は2007年4月梅農園たわわに実る梅)
 
 1998年(平成10年)10月に、前中尾作蔵理事長が太平洋戦争中ビルマで多くの兵士が戦傷病で倒れているところを、ビルマの人たちに助けられ、その兵士たちが無事日本に帰国できました。ミャンマー(ビルマ)への恩返しをしたい強い思いを持ち、「ミャンマーで梅の栽培をしたいと考えているのですが、果たして現地で栽培できるのかどうか、ミャンマーへ行って現状を調べてほしい」と和歌山の梅栽培・梅干の生産業者(内川弘氏)を訪ねてお願いをする。
 
 50年近く梅作りをされており、日本では自信がありますが気候の違う梅作りは経験がありませんので、返答に困られたが今年は出かけることはできませんと断られました。

 誰もしていないミャンマーで梅を作りたい強い希望を持ち、業者を訪ねられたところから始まりました。事前調査の段階です。私たちの事業活動で最初のミャンマー農業支援事業「梅農園」の報告をします。(最初の頃は資料・写真が少ないため要点のみになります)
副理事長 林 英雄

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2017年06月20日
NPO神戸ミャンマー皆好会 会の歩み21
帰国時には必ず日本人墓地に参拝しています(2017・2旅行時)

 私たちの定期ツアーでは帰国する日に必ず寄る所の一つに、日本人墓地があります。お花と線香をあげ管理人の方に心付けをして、般若心経を唱えビルマ方面戦没者とこの地で亡くなられた方々のご慰霊に参拝して、空港へ行きます。

 私たちの会員さんや関係者の中には遺族の方もおられ、現地確認をされ慰霊の訪問をされる方もおられます、観光地でも日本人墓地があると聞けばお寄りして参拝しています。

 ミャンマーに到着した翌日には、必ずヤンゴン市内のシュエダンタッテイ僧院に分骨して眠る前理事長中尾作蔵氏の厨子に線香をあげ、ミャンマーをこよなく愛し、第二の故郷とまで言われていた前理事長の思い出など話し参拝をして帰ります。
 
 ピンウールィンの梅農園にも分骨していただき、梅の木が見渡せる所に小さな墓を管理人さんに守ってもらっています。梅栽培は現地の人に技術指導しており任せています。その関係で2〜3年に一度寄る程度になっていますが、行けば墓掃除をし、花・線香をあげ般若心経を唱えています。

 会の歩みはこれ位で終わりにします。途中に会員になられた方や当会に興味をお持ちの方々に当会の生い立ちを解っていただけたでしょうか。拝読ありがとうございました。
副理事長 林 英雄

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